概要
清心補腎(せいしんほじん)とは、 心火(しんか)を清し、腎陰(じんいん)を補う治法である。 心と腎は五行で「火」と「水」の関係にあり、 正常時は「心腎相交(しんじんそうこう)」といって、 心の陽火と腎の陰水が互いに制約・助け合うことで、精神や生理の安定を保っている。
しかし、過労・房事過多・慢性疾患・長期の熱病などによって 腎陰が不足すると、心火を制御できず、 心腎不交(しんじんふこう)という状態になる。 その結果、心煩・不眠・健忘・口舌乾燥・五心煩熱などが現れる。 清心補腎法はこのような状態において、 心火を鎮めるとともに、腎陰を滋養して心腎の交通を回復させることを目的とする。
主な作用
- 清心瀉火:心火を鎮め、心煩・不眠・舌赤・口渇などを改善する。
- 滋陰補腎:腎陰を養い、心火を制御して虚熱を鎮める。
- 交通心腎:心火と腎水の交流を回復し、精神安定を図る。
- 安神除煩:心神を鎮め、煩躁や不眠を和らげる。
すなわち、「心火旺盛」+「腎陰虚」の状態を整える治法である。
主な適応症状
- 心煩・不眠・多夢・健忘
- 口舌乾燥・咽の渇き
- 五心煩熱(手足と胸の熱感)
- めまい・耳鳴・腰膝酸軟
- 遺精・盗汗・舌紅少苔・脈細数
これは典型的な心腎不交(しんじんふこう)、または腎陰虚火旺の症候に相当する。
主な病機と治法方向
本治法は特に「虚煩不眠・心悸健忘・夢遺盗汗」などの症状を目標とする。
主な配合法
- 清心補腎+安神:不眠・心悸・健忘が著しい場合(例:酸棗仁・遠志)。
- 清心補腎+瀉火除煩:煩熱・口渇が強い場合(例:黄連・竹葉)。
- 清心補腎+養陰清熱:陰虚火旺が顕著な場合(例:生地黄・玄参・麦門冬)。
- 清心補腎+止遺:夢精・遺精がある場合(例:龍骨・牡蛎・蓮子)。
代表的な方剤
- 天王補心丹(てんのうほしんたん):滋陰養血・清心安神。心腎陰虚による不眠・健忘・多夢に。
- 黄連阿膠湯(おうれんあきょうとう):清心瀉火・滋陰除煩。心火旺盛・虚熱不眠に。
- 交泰丸(こうたいがん):交通心腎・安神。心腎不交による不眠・夢遺・煩躁に。
- 磁朱丸(じしゅがん):鎮心安神・益精補腎。腎虚による耳鳴・健忘・不眠に。
臨床応用のポイント
- 心腎不交による「上熱下虚」「心煩不眠」を主目標とする。
- 舌紅・少苔・脈細数などの陰虚火旺の所見を確認する。
- 精神的疲労や慢性ストレス、不眠、夢精、不安傾向に応用される。
- 心火の清瀉には黄連・竹葉、腎陰の滋補には生地黄・玄参・枸杞子などを用いる。
- 虚熱が強い場合は滋陰薬を重用し、心煩が強い場合は清心薬を加える。
まとめ
清心補腎法は、心火を清し、腎陰を補うことで心腎の交通を回復させる治法である。 心腎不交・腎陰虚火旺により、不眠・心煩・夢遺・盗汗・健忘などを呈する場合に適する。 代表方剤は天王補心丹・黄連阿膠湯・交泰丸などで、 心の火を鎮めつつ、腎の陰を養うことが臨床上の要点である。
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