蔵象:心

心(しん)とは何か

心は、蔵象学説において生命活動と精神活動の中枢を担う臓と位置づけられます。単なる循環器としての心臓ではなく、血液循環・意識・思考・情志を統合する全身統率の機能ユニットとして理解されます。



一言でいうと

「血と意識を巡らせ、生命活動を統括する臓」



心の中核となる生理機能

心の生理を理解するうえで、軸となるのは次の二つです。

① 血脈(けつみゃく)を主る
心は、血を全身に巡らせ、脈を通じて生命活動を維持する働きを担います。

  • 血液循環を推進する
  • 脈の拍動を調整する
  • 全身組織への滋養を確保する
血脈が円滑であれば、顔色は良く、四肢は温かく保たれます。

② 神(しん)を蔵す
心は神を蔵し、意識・思考・判断・感情といった精神活動全般を統括します。
  • 意識の明瞭さ
  • 思考力・記憶力
  • 情緒の安定
  • 睡眠の質
これらはすべて、心神の状態を反映します。


「主る」「蔵す」から広がる心の生理特性

中核機能である血脈と神から、心の生理特性が派生します。

  • 精神活動の中枢:思考・判断・感情の統合
  • 情志との関係:心は「喜」と関係する
  • 睡眠との関係:神の安定は入眠・熟睡を支える
  • 言語活動:意識の明晰さは言語表現に影響する



心の象(あらわれ)— 外に現れるサイン

心の状態は、次の部位や機能に反映されます。

  • 脈に現れる:脈の速さ・強さ・整不整
  • 面色に現れる:顔色の赤み・艶・くすみ
  • 舌に開竅する:舌色、舌尖の赤み、舌の動き
これらは、心の生理・病理を観察する重要な手がかりです。



病理に転じたときの心

心の働きが失調すると、次のような方向に傾きやすくなります。

いずれも、血脈や神の統御が乱れた結果として理解できます。



他臓との関係から見る心

心と肝
肝は血を蔵し、心は血を主ります。両者が協調することで、血の循環と精神活動が円滑に保たれます。

心と腎
心火と腎水は互いに制約・協調し、精神の安定と生命活動の持続を支えます。



役職としての心 〜「君主の官」〜

心が「君主の官」と称されるのは、

  • 五臓六腑を統率し
  • 精神と意識を支配する
という最高統治者としての役割を担うためです。血脈と神という二本柱が、その比喩を支えています。



まとめ

心は、

  • 血脈を主り
  • 神を蔵し
  • 生命と精神の中枢を担う臓
として、全身の活動を統括しています。心の理解は、身体と精神を一体として捉える東洋医学の核心に直結します。

蔵象:肝

肝(かん)とは何か

肝は、蔵象学説において全身の気血の流れを調整し、身体と情志の「巡り」を司る臓と位置づけられます。解剖学的な肝臓そのものではなく、気・血・情志・運動機能などを横断的にまとめた機能ユニットとして理解することが重要です



一言でいうと

「流れを整え、蓄え、必要なときに放つ臓」



肝の中核となる生理機能

肝の生理を理解するうえで、軸となるのは次の二つです。

① 疏泄(そせつ)を主る
疏泄とは、気機を滞らせず、のびやかに巡らせる働きを指します。

  • 全身の気の昇降出入を調節する
  • 情志活動を円滑にする
  • 消化吸収(脾胃)の働きを助ける
  • 胆汁分泌や排泄機能にも関与する
肝の疏泄が保たれていると、心身は柔軟で伸びやかに保たれます。

② 血(けつ)を蔵す
肝は血を貯蔵し、必要に応じて血量を調節する役割を担います。
  • 安静時:血を蔵する
  • 活動時:血を筋肉や末梢へ送り出す
この働きにより、運動機能や月経などの生理現象が円滑に行われます。


「主る」「蔵す」から広がる肝の生理特性

中核機能である疏泄と蔵血から、肝の生理特性が派生します。

  • 情志との関係:肝は「怒」と関係し、情緒の発散・抑制に関与する
  • 気機調節:全身の詰まりや偏りを防ぐ
  • 消化への影響:疏泄を通じて脾胃の運化を助ける
  • 生殖・月経:血の調節を通じて女性の生理と深く関わる



肝の象(あらわれ)— 外に現れるサイン

肝の状態は、次の部位や機能に反映されます。

  • 筋を主る:筋肉の緊張・弛緩、運動の滑らかさ
  • 爪に華(はな)を現す:爪の色・艶・強さ
  • 目に開竅する:視力、眼精疲労、充血、乾燥など
これらは、肝の生理状態を観察する重要な手がかりとなります。



病理に転じたときの肝

肝の働きが失調すると、次のような方向に傾きやすくなります。

  • 肝気鬱結:気分の抑うつ、胸脇部の張り、ため息
  • 肝血虚:めまい、目の乾燥、こむら返り
いずれも「流れ」や「血の調節」が失われた結果として理解できます。



他臓との関係から見る肝

肝と脾
肝の疏泄は脾の運化を助けます。肝気が滞ると、脾胃の働きが抑えられ、食欲不振や腹満感が現れます。
 
肝と心
肝は血を蔵し、心は血を主ります。両者の協調により、情志と精神活動が安定します。



役職としての肝 〜「将軍の官」〜

肝が「将軍の官」と称されるのは、

  • 全身の気血の流れを指揮し
  • 情志や運動をコントロールする
という、統率的な役割を担うためです。疏泄と蔵血という二本柱が、その比喩を支えています。



まとめ

肝は、

  • 疏泄を主り
  • 血を蔵し
  • 流れと調節を担う臓
として、身体と心の「巡り」を支えています。肝の理解は、東洋医学的な不調の多くを読み解く鍵となります。

腹診 各論③:圧痛・結滞・緊張

腹診における圧痛・結滞・緊張は、 気・血・津液の停滞や、邪気と正気のせめぎ合いが 局所所見として現れたものである。

これらの所見は、腹力や寒熱と異なり、 「どこに」「どのように」現れているかを 丁寧に観察することが重要となる。



圧痛の考え方

圧痛とは、腹部を按圧した際に生じる疼痛反応であり、 腹診の中でも特に病邪の存在を直接示唆する所見である。


① 圧痛と病機の対応
  • 気滞:張るような痛み、位置が移ろいやすい
  • 瘀血:刺すような痛み、部位が固定的
  • 痰湿:重だるさ、不快感を伴う圧痛

圧痛は痛みの性質再現性を重視し、 一時的な不快感と区別する必要がある。



② 喜按と拒按の局所的解釈

圧痛部位が按圧で和らぐ(喜按)場合は虚証、 増悪する(拒按)場合は実証を疑う。

ただし、全体が虚であっても、 局所に実邪が存在する場合には拒按が現れるため、 必ず腹力との整合性を確認する。



結滞(結・塊・索状感)

結滞とは、腹部に触知される硬結・塊・索状の感触を指す。


① 結滞の性状と病機
  • 硬く固定した塊:瘀血
  • 弾力があり移動性のある結:気滞
  • 柔らかく境界不明瞭:痰湿

結滞の硬さ・可動性・圧痛の有無を総合して判断する。



② 結滞と病程

長期化した病では、 気滞 → 痰湿 → 瘀血のように、 結滞の性状が変化することが多い。

再診時に結滞がどのように変化したかは、 治法の妥当性を判断する重要な指標となる。



腹部緊張(攣急・拘急)

腹部緊張とは、腹筋が持続的または反射的に緊張し、 腹壁が張りつめた状態を指す。


① 緊張の病機的背景
  • 肝気鬱結:季肋部を中心とした張り
  • 寒邪:収縮性の緊張、冷感を伴う
  • 痛みによる防御反応:急性病変

緊張が自発的か、 触診により誘発されるかを区別することが重要である。



② 緊張と虚実の鑑別

腹部が緊張していても、 必ずしも実証とは限らない。

  • 実証:緊張が強く、拒按を伴う
  • 虚証:緊張はあるが、按圧で緩む

特に虚証における緊張は、 代償的反応として現れることがある。



圧痛・結滞・緊張を統合して読む

これらの局所所見は、 単独で評価するのではなく、 腹力・寒熱と統合して解釈する必要がある。

  • 虚腹+局所圧痛:本虚標実
  • 実腹+固定痛:瘀血優位
  • 緊張+移動痛:気滞優位

腹診における圧痛・結滞・緊張は、 病邪の質と深さを教えてくれる重要なサインであり、 治法選択の精度を大きく左右する。

気血滞とは

気血滞(きけつたい)とは、気の巡りが停滞することで血行も阻害され、気と血がともに滞った状態を指す中医学の病機です。
気は血を推動し、血は気を載せて運行するため、両者は密接に関連しています。
何らかの原因で気機が阻滞すると血行も悪化し、張痛・刺痛・しこり・暗紫色の所見などが現れます。


主な原因

  • 情志失調 抑鬱・怒り・緊張により気機が停滞。
  • 外邪の影響: 寒邪・湿邪などが経絡や臓腑を阻滞。
  • 慢性疾患: 病が長引き、気虚・血瘀へと移行。
  • 外傷・手術: 血行障害を直接引き起こす。

病理機転

  • 情志不調や外邪により気の流れが阻害される。
  • 気の推動作用が低下し、血の運行が停滞する。
  • 気滞と血滞が相互に影響し、悪循環を形成。
  • 局所的または全身的な疼痛・結塊を生じる。

主な症状

  • 張るような痛み、または刺すような固定痛
  • 痛む部位がはっきりしている
  • 胸脇・腹部・下腹部の違和感や圧痛
  • 月経痛、血塊を伴う月経(女性)
  • しこり、腫瘤、皮膚の色調変化

舌・脈の所見

  • 舌: 暗紅、紫暗、瘀点・瘀斑を認めることが多い
  • 脈: 弦、渋

関連する病機・証型


代表的な方剤

  • 血府逐瘀湯: 胸部の気血滞に。
  • 少腹逐瘀湯: 下腹部の血滞に。
  • 柴胡疏肝散: 気滞が主体の場合。
  • 桂枝茯苓丸 瘀血を伴う婦人科症状に。

治法


養生の考え方

  • ストレスを溜め込まず、気分転換を心がける。
  • 適度な運動で気血の循環を促す。
  • 身体を冷やさない生活を意識する。
  • 陳皮、香附、紅花、生姜など理気活血食材を活用。

まとめ

気血滞は、気機の阻滞を起点として血行障害が生じる病機です。
疼痛や結塊などの局所症状が明確に現れやすいため、治療では理気活血通絡止痛を基本とし、原因となる情志・寒邪・慢性化への対応が重要となります。

腹診 各論②:寒熱・虚実の腹所見

腹診において寒熱・虚実の判断は、腹力と並んで最も重要な評価軸である。
ここでは、腹部に触れた際に得られる温度感・硬軟・反応から、 どのように病機を読み取るかを整理する。



腹部の寒熱所見


① 冷腹(寒証)

腹部に触れた際、明らかな冷感を認める状態である。

  • 陽虚・寒邪内盛
  • 脾腎陽虚
  • 寒湿の停滞

冷腹は下腹部や臍周に多く、腹力低下や軟腹を伴うことが多い。

ただし、寒証であっても腹部が硬く感じられる場合があり、 これは寒邪による収引・凝滞を反映している。



② 熱腹(熱証)

腹部に触れると温かさ、あるいは明らかな熱感を認める状態である。

  • 実熱証
  • 炎症性疾患
  • 鬱熱・化熱

熱腹では、腹力充実や拒按を伴うことが多く、
局所的な熱感として触知される場合もある。

一方で、陰虚による虚熱では、 表面的な熱感に乏しいこともあり、舌脈との照合が必須である。



腹部の虚実所見


① 軟腹(虚証)

腹部が柔らかく、按圧すると容易に沈み込み、 抵抗感に乏しい状態である。

  • 気虚・陽虚・血虚
  • 慢性疾患・消耗状態

軟腹では、痛みや拒否反応が乏しいことが多く、圧しても「響き」が少ない。



② 硬腹(実証)

腹部が硬く緊張し、按圧に対して明確な抵抗を示す状態である。

  • 実証・邪気亢盛
  • 気滞・瘀血・痰湿

硬腹では、圧痛や拒按を伴うことが多く、触診時に診察者側が押し返される感覚を受ける。



拒按と喜按の考え方

拒按とは、按圧を嫌がり、痛みや不快感が増強する所見である。

  • 実証・熱証に多い
  • 邪気が盛んであることを示す

一方、喜按とは、按圧されることで楽になる所見である。

  • 虚証・寒証に多い
  • 正気不足を示唆する

ただし、虚実錯雑では拒按と喜按が混在することもあり、 一所見のみで断定しないことが重要である。



寒熱・虚実を読む際の注意点

腹診では、「冷たい=寒」「硬い=実」と単純化しがちであるが、 実際には複合した病態が多い。

  • 冷えて硬い腹:実寒・寒凝
  • 温かく軟らかい腹:虚熱・陰虚
  • 全体は軟、局所は硬:本虚標実

したがって寒熱・虚実の判断は、 腹力・局所所見・舌脈を必ず統合して行う必要がある。

腹部の寒熱・虚実を正確に読むことは、 治法の強弱と方向性を誤らないための基礎となる。

腹診 各論①:腹力(全体像)

腹力(ふくりょく)とは、腹部全体を触診した際に感じられる張り・弾力・抵抗感の総合的な印象を指す。

腹力は、腹診における最も基本的かつ重要な評価項目であり、病証の虚実、正邪の力関係、体力や回復力の程度を大まかに把握する手がかりとなる。



腹力は「一点」ではなく「全体」をみる

腹力は、特定の一点を強く押して判断するものではない。
腹部全体に手掌を当て、面として感じ取ることが重要である。

上腹・中腹・下腹、左右差、呼吸に伴う動きなどを含め、「この腹は全体としてどうか」という印象をまず掴む。

この第一印象としての腹力は、 その後の圧痛や局所所見を解釈する際の基準となる。



腹力の分類


① 腹力が充実している腹(実腹)

腹部全体に張りがあり、按圧に対して明確な抵抗を感じる腹である。

  • 実証、邪気が盛んな状態
  • 気滞・痰湿・瘀血などの停滞
  • 体力が比較的保たれている段階

実腹であっても、必ずしも熱証とは限らず、寒邪や湿邪による実寒・実湿のこともある点に注意する。



② 腹力が低下している腹(虚腹)

腹部が軟弱で、按圧すると容易に沈み込み、反発する力が乏しい腹である。

  • 虚証、正気不足
  • 気虚・陽虚・血虚・陰虚
  • 慢性経過・消耗性疾患

虚腹では、腹部全体に力がなく、 触れても手応えに乏しい印象を受ける。



③ 虚実錯雑の腹

腹部全体としては力が弱いが、 一部に抵抗や緊張が存在する腹である。

  • 本虚標実の状態
  • 脾虚を背景とした痰湿・気滞
  • 長期経過で邪が残留している状態

このタイプでは、全体像を無視して局所のみを実証と誤認しやすいため注意が必要である。



腹力と体質・病程の関係

腹力は、先天的体質や年齢、罹病期間の影響を強く受ける。

  • 若年・壮年期:腹力が保たれやすい
  • 高齢者・慢性疾患:腹力が低下しやすい
  • 急性期:実腹を呈しやすい
  • 慢性期:虚腹または虚実錯雑となりやすい

したがって腹力の評価では、 「正常か異常か」ではなく、その人なりに強いか弱いかという相対的視点が重要である。



腹力から治法を考える際の注意点

腹力が強いからといって、 必ずしも攻める治法が適切とは限らない。

また、腹力が弱いからといって、 常に補法一択になるわけでもない。

腹力はあくまで治法選択の方向性を示す指標であり、寒熱・病位・舌脈所見と統合して初めて意味を持つ。

腹力を正確に捉えることは、「どこまで動かしてよいか」「どこから補うべきか」の限界を見極めることに他ならない。

腹診 総論

腹診(ふくしん)とは、腹部を視診・触診することによって、体内の状態、特に虚実・寒熱・病位・正邪の消長を総合的に把握する診察法である。

腹部は、気血津液の集散点であり、臓腑の状態が直接反映されやすい部位であるため、舌診や脈診と比べて現在進行形の病機を捉えやすいという特徴をもつ。



腹診の位置づけ

中医学における診察は、望・聞・問・切の四診を基盤とするが、腹診はその中でも切診に属し、脈診と並ぶ重要な判断材料である。

舌診が「体内の状態を外に映した像」であり、脈診が「気血の運行状態」を示すのに対し、腹診は邪正の攻防や臓腑の緊張・虚弱を、触覚として直接捉える点に特色がある。

そのため、三診はしばしば次のような役割分担で理解すると整理しやすい。

  • 舌診:体内環境の傾向(寒熱・虚実・湿燥)
  • 脈診:気血津液の動態と全身反応
  • 腹診:現在の病位と正邪の力関係


腹診で何がわかるのか

腹診によって把握できる主な情報は、次の通りである。

  • 腹力の強弱(虚実)
  • 腹部の冷温(寒熱)
  • 抵抗・緊張・拘攣の有無
  • 圧痛・結滞・塊の存在
  • 部位ごとの反応差(病位・臓腑)

これらを単独で評価するのではなく、全体像としてどう現れているかを読むことが腹診の要点である。



腹診における虚実・寒熱の考え方

腹力が充実し、按圧に抵抗する腹は、実証や邪気の盛んな状態を示しやすい。
一方、軟弱で力のない腹は、正気不足や虚証を示すことが多い。

また、腹部が冷たく感じられる場合は寒証、熱感を伴う場合は熱証を疑うが、虚寒・虚熱のように単純に割り切れない所見も少なくない。

そのため腹診では、「硬い=実」「冷たい=寒」と即断せず、舌脈や全身所見との照合を前提に判断する必要がある。



腹診の基本姿勢と注意点

腹診は、患者の緊張や恐怖心が所見に直結しやすい診察である。
診察時には以下の点に注意する。

  • 患者を仰臥位とし、腹部を十分にリラックスさせる
  • 手指は温かく、圧は徐々に加える
  • 最初から一点を強く押さない
  • 反応を誘導しないよう、無言で観察する

特に腹力や圧痛は、診察者の触れ方次第で変化しやすいため、 再現性を意識した診察が重要である。



腹診は「決め打ち」ではなく「確認」である

腹診は強力な情報源である一方、腹所見のみで病機や治法を決め打ちすることは危険である。

腹診は、

  • 舌診・脈診で立てた仮説を裏付ける
  • あるいは修正を迫る
という確認装置として用いることで、 最も力を発揮する。

腹部に現れた所見を、「なぜ今この腹なのか」という視点で読み解くことが、 腹診を生きた診察法にする鍵である。