概念
利歯(りし)とは、歯・歯周組織の炎症・疼痛・出血・動揺・退行性変化などに対して、局所の熱毒や湿熱を清し、瘀血や虚損を改善し、腎気(腎精)を補うことで歯の固着・歯周組織の回復を図る治法である。
東洋医学では「腎主骨、生髄以長歯」という考え方から、局所の清熱解毒・活血化瘀・止痛と、全身的な補腎固摂(固い歯を維持する)を併用して歯の機能回復を目指す。
所属
主に清熱解毒法・利湿排膿法・活血化瘀法・補腎固摂法・滋陰養血法に属する。
急性の歯痛・歯肉膿腫・歯周炎の炎症期には清熱解毒や排膿を、慢性の歯周退縮や歯の動揺には活血化瘀・補腎固摂をそれぞれ重視する。
効能
- 歯痛・歯髄炎・歯周炎の疼痛を軽減する。
- 歯肉の発赤・腫脹・出血・膿汁を抑え、排膿・消腫を促す。
- 瘀血を除き、血行を改善して歯周組織の修復を助ける。
- 腎気・精を補い、歯の固着(固摂)を支持する。
- 慢性炎症後の虚損(陰血不足等)を補い組織の回復を図る。
主治
- 歯痛(急性・慢性):歯髄炎・根尖周囲炎などによる激痛・拍動痛。
- 歯肉炎・歯周炎:出血・腫脹・膿・口臭を伴うもの。
- 歯の動揺:慢性の歯周組織破壊や腎虚に伴う歯のぐらつき。
- 歯肉膿瘍・智歯周囲炎:局所の腫脹・疼痛・発熱を伴う急性期。
- 慢性の口腔粘膜炎・口内炎:熱毒・陰虚による口内の潰瘍・疼痛。
病機
口腔疾病は主に局所の熱毒・濕熱・瘀血・痰瘀阻滞と、背景にある脾胃不調・腎精不足・陰血不足・気血虚弱が組み合わさることで発生・持続する。
急性期は多くが湿熱毒邪の侵襲による炎症・化膿であり、清熱解毒・利濕排膿・消腫止痛を行う。
慢性期や再発を繰り返す場合は、瘀血や歯周組織の栄養不良、腎精不足による固摂(歯の支持力)低下があり、活血化瘀・補腎固摂・滋陰養血を併用することが必要である。
代表方剤・処置例
- 清熱解毒・消腫止痛:急性の歯痛・歯肉膿腫には黄連解毒湯系・龍胆瀉肝湯の軽用・清熱類方や口腔の洗浄(生理食塩水)を併用して局所の熱毒を除く。
- 湿熱の排膿:化膿性の症状が強い場合は敗毒散・銀翹散の応用や利湿薬で膿汁の排出を促す。
- 活血化瘀:慢性の歯周炎や瘢痕・瘀血傾向には疎経活血湯・身痛逐瘀湯・当帰芍薬散の応用で局所血流を改善する。
- 補腎固摂:歯の動揺や老年性の歯周退縮には六味地黄丸・補陽還五湯・八味地黄などの補腎剤を用いて骨・髄を補い固摂を助ける。
- 滋陰養血:慢性口内炎・口腔潰瘍で陰虚が背景にある場合は当帰補血類・滋陰薬(例えば当帰補血湯系・養陰清肺湯の考え方)を併用する。
- 局所併用:抗菌薬の適応がある化膿性疾患、歯科的排膿・根管治療・歯石除去等の処置は漢方治療と併用して行う。
臨床応用
- 急性・慢性の歯痛や歯髄周囲の炎症の補助療法。
- 歯肉炎・歯周炎における炎症の鎮静・出血の抑制・膿の排除促進。
- 智歯周囲炎・歯肉膿瘍の全身管理(鎮痛・消腫・排膿を促す)。
- 慢性の歯周組織破壊による歯の動揺や口腔組織の老化に対する補腎固摂療法。
- 口内炎・口角炎・口腔潰瘍などの滋養・修復支援。
使用上の注意
- 歯痛・腫脹・膿出・発熱が強い場合は早期に歯科受診を勧め、必要な外科的処置(根管治療・排膿・抜歯)や抗菌薬投与を優先する。
- 清熱薬・活血薬・補腎薬はそれぞれ副作用や相互作用があるため、長期連用や自己判断は避ける。
- 抗凝固薬使用中の患者では活血化瘀薬の使用を慎重にする(出血傾向の助長に注意)。
- 妊婦・授乳婦・重篤な基礎疾患がある場合は、安全性を確認の上で処方する。
- 局所の器質的病変(歯根破壊、歯槽骨吸収、腫瘍等)が疑われる場合は、速やかに専門医での画像診断・処置を受けること。
まとめ
利歯法は、口腔の熱毒・濕熱・瘀血・虚損といった多様な病機に合わせて、清熱解毒・利濕排膿・活血化瘀・補腎固摂・滋陰養血などを組み合わせ、歯および歯周組織の疼痛・腫脹・出血・動揺を改善する治法である。
急性の化膿性病変では歯科的処置や抗菌薬の適応を最優先とし、漢方療法は全身状態の改善や再発予防、慢性期の修復促進を目的に併用する。
処方選択は必ず弁証に基づき、必要時は歯科・口腔外科との連携を行うこと。
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