本章では、同一患者における治療前後の舌象・脈象の変化を通して、「病機がどのように転じたか」「治法が適切であったか」を読み取るための考え方を整理します。
経過観察において重要なのは、症状の軽重よりも舌脈の質的変化を重視すること、そして、一見すると改善に見える変化の中に潜む病機転化を見逃さないことです。
ケース①:痰湿中阻 → 脾気虚が前面化した例
初診時
舌:淡胖、歯痕あり、白膩苔
脈:滑、やや緩
病機判断:痰湿中阻(本虚として脾気虚を伴う)
治法:燥湿化痰・健脾
再診時
舌:胖大は改善、苔は薄白、舌色はやや淡
脈:滑脈は消失し、やや虚
経過の読み取り
痰湿は除かれたが、もともとの脾気虚が前景化している。
この段階で引き続き化痰・燥湿を強めると、正気をさらに損なう恐れがある。
治法の転換:健脾益気を主体とし、燥湿は控えめに調整する。
ケース②:肝気鬱結 → 肝鬱化熱へ進展した例
初診時
舌:淡紅、薄白苔
脈:弦
再診時
舌:舌尖紅、薄黄苔
脈:弦、やや数
経過の読み取り
気機の疏通は得られたが、鬱滞が熱化し始めている所見である。
理気のみを続けると、肝火を助長する可能性がある。
ケース③:陰虚内熱 → 気陰両虚へ移行した例
初診時
舌:紅、少苔
脈:細数
再診時
舌:紅はやや改善、苔が部分的に回復
脈:細、数は減少
経過の読み取り
内熱は軽減しているが、気の不足が明確になっている。
陰のみを補い続けると、回復が頭打ちになる段階である。
治法の転換:滋陰を主としつつ、益気を加えて気陰双補とする。
ケース④:実熱証 → 虚熱残留(誤治しやすい経過)
初診時
舌:紅、黄厚苔
脈:洪数
病機判断:実熱証
治法:清熱瀉火
再診時
舌:紅、苔が剥落
脈:細数
経過の読み取り
実熱は去っているが、過度な清熱により陰液が損傷し、虚熱が残留している。
「まだ熱がある」と誤認して清し続けると、状態は悪化する。
治法の転換:滋陰し、虚熱を退ける。
経過鑑別の要点まとめ
- 苔の減少や剥脱は、必ずしも改善を意味しない
- 脈力の低下は「邪去正虚」を示すことが多い
- 同じ「熱」でも、実熱から虚熱への転換点を見極める
- 治法は固定せず、常に舌脈に従って調整する
経過を見るとは症状を追うことではなく、病機の主従・虚実・寒熱の移り変わりを舌脈から読み続けることである。
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