補陰降火とは

概要

補陰降火(ほいんこうか)とは、 陰虚によって内火(虚火・相火)が亢進した状態に対し、陰を補って火を鎮める治法である。 これは「陰虚火旺(いんきょかおう)」に対して用いられ、 主として潮熱・盗汗・五心煩熱・咽乾・耳鳴・腰膝酸軟などの症状を目標とする。

中医学において、「陰虚すれば陽旺す」と言われ、陰液が不足すると陽気が制御を失い、火が内に炎上する。 そのため、補陰降火法は火を直接抑えるのではなく、陰を養って火の根源を制することを目的とする。 この治法は、単なる「瀉火」ではなく、陰を充たして火を自然に鎮めるのが特徴である。



主な適応症状

  • 午後または夜間に強まる潮熱
  • 五心煩熱(手足・胸のほてり)
  • 盗汗・寝汗
  • 咽喉の乾燥・口渇
  • 頬の紅潮(潮紅)
  • 耳鳴・めまい・腰膝のだるさ
  • 舌紅少苔・脈細数

これらは、腎陰・肝陰・心陰の不足により虚火が内生することによって現れる。 火は「実火」ではなく「虚火」であり、瀉火のみでは症状が悪化する点が重要である。



主な病機

  • 腎陰不足腎水が枯渇して虚火が上炎。潮熱・盗汗・腰膝酸軟を呈する。
  • 肝腎陰虚陰虚により相火亢進し、目赤・耳鳴・煩熱・頭暈が起こる。
  • 心陰不足陰虚火旺により心煩・不眠・動悸を生じる。

これらはいずれも「陰虚による虚火」であり、治法は「滋陰を本とし、降火を標とす」ことが原則。 すなわち、陰を充たして火を自ずから鎮めるのが補陰降火法の核心である。



主な配合法

  • 補陰降火+養血安神心陰虚による不眠・心悸(例:天王補心丹)。
  • 補陰降火+瀉火虚火が上炎して咽痛・煩熱のある場合(例:知柏地黄丸)。
  • 補陰降火+滋腎潜陽:陰虚火旺による頭暈・耳鳴・多夢(例:大補陰丸)。
  • 補陰降火+潤肺止咳肺陰虚による咳嗽・喀血(例:百合固金湯)。
  • 補陰降火+止汗陰虚火旺の盗汗(例:当帰六黄湯)。


代表的な方剤

  • 知柏地黄丸(ちばくじおうがん):滋陰降火。腎陰虚による虚火上炎・潮熱盗汗に。
  • 大補陰丸(だいほいんがん):滋陰降火・潜陽。肝腎陰虚の虚火・頭暈・耳鳴に。
  • 天王補心丹(てんのうほしんたん):養陰清心・安神。陰虚火旺による心煩不眠に。
  • 百合固金湯(びゃくごこきんとう):養陰潤肺・降火止咳。肺腎陰虚の咳嗽に。
  • 当帰六黄湯(とうきりくおうとう):滋陰瀉火・止汗。陰虚火旺の盗汗に。


臨床でのポイント

  • 陰虚火旺」では瀉火薬のみを用いると陰液をさらに損じるため、必ず滋陰薬を併用する。
  • 虚火の特徴は、午後または夜間に強まる潮熱・盗汗・舌紅少苔・脈細数である。
  • 補陰降火は、慢性疾患・更年期障害・糖尿病などの陰虚体質にも応用される。
  • 薬味としては、地黄・山茱萸・知母・黄柏・玄参・麦門冬・亀板などがよく用いられる。


まとめ

補陰降火法は、陰液の不足により虚火が上炎した状態に対して、 陰を補って火を鎮める治法である。 その核心は「滋陰を本とし、降火を標とす」にあり、 代表方剤には知柏地黄丸・大補陰丸・百合固金湯・天王補心丹・当帰六黄湯などがある。 陰虚火旺・虚熱上炎に対して穏やかに作用し、体質の根本改善を目的とする。

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