安神定悸とは

概念

安神定悸(あんしんていき)とは、心神を安定させ、動悸・心悸亢進を鎮める治法である。
東洋医学では心は神を蔵し、心の安定は心血・心陰・心陽の調和および心と脾・腎・肝の相互関係に依存する。
安神定悸法は、心を養い(補)、攪乱因子を除き(瀉)、心の機能を安定化させることで、動悸・顫悸・胸悶・息切れなどを改善することを目的とする。


所属

主に安神法補益法化痰清熱法に属し、特に心血不足心陰虚・心陽不振・痰火擾神・気血両虚心腎不交など多様な病機に応じて用いられる。必要に応じて養血・滋陰・清熱・化痰・補気・安神薬を併用する。


効能

  • 心神を安定させ、動悸・頻脈・顫悸を軽減する。
  • 心血・心陰を養い、慢性の動悸や健忘を改善する。
  • 痰火・熱による心神攪乱を清し、興奮や不安を沈める。
  • 心陽の虚を補って冷感や息切れを改善する。
  • 心腎の相交を整え、不眠やめまい・耳鳴を和らげる。

主治

  • 動悸・頻脈:労作時または安静時の動悸、動悸感が持続する場合。
  • 顫悸・胸悶:胸部不快感・胸悶・息切れを伴う場合。
  • 心悸亢進に伴う不眠・不安:動悸で入眠困難・中途覚醒がある場合。
  • 心血不足気血両虚倦怠・顔色不良・健忘を伴う動悸。
  • 痰火擾神・心熱:興奮・多夢・舌紅苔黄などを伴う動悸。

病機

動悸は、心神の安定を失った結果として生じる症状であり、その原因は多岐に及ぶ。主な病機としては、心血不足(心が養えない)・心陰虚(陰虚火旺)・心陽虚(陽気衰弱)・痰火擾神(痰熱が心を攪乱)・気血両虚(補う資が不足)・心腎不交(心と腎の気血不調)などがある。
治療は、まず弁証により虚実を判別し、不足には補い(養血・補気・温陽)、攪乱因子(痰・熱・瘀血)には清・化・活を施し、最終的に安神により心神を定めることを基本とする。


代表方剤

  • 帰脾湯(きひとう):気血両虚での動悸・健忘・不眠に用いる(補気養血+安神)。
  • 酸棗仁湯(さんそうにんとう):心陰不足による不眠・多夢・動悸の改善。
  • 天王補心丹(てんのうほしんたん):重度の心陰虚・心腎不交での不眠・健忘・動悸に適応。
  • 黄連阿膠湯(おうれんあきょうとう)などの清熱養陰方:痰火・心熱による動悸や興奮に用いる。
  • 桂枝甘草湯(けいしかんぞうとう):心陽虚や脈結代(不整脈様)に対して短期的に用いることがある(証に応じて)。
  • 温補方(例:参附湯など):元気虚脱に伴う脈微・冷汗・重度の動悸に緊急対応的に用いることがある。

臨床応用

  • 慢性の動悸・頻脈に対する漢方的管理。
  • 不眠・不安を伴う心悸亢進の総合治療(安神+補益)。
  • 産後・病後の動悸(気血不足)や更年期の自律神経症状の補助療法。
  • 痰火や心熱を伴う動悸での清熱化痰+安神療法。
  • 心腎不交に起因する動悸・めまい・耳鳴の調整。

使用上の注意

  • まずは器質的心疾患(虚血性心疾患・弁膜症・不整脈・心不全など)や内科的原因を除外することが重要で、疑いがある場合は速やかに西洋医学的評価を受ける。
  • 方剤の活血化瘀薬や温補薬は出血傾向や抗凝固薬服用中には慎重投与が必要である。
  • 痰湿や実熱が顕著な場合は、先に清熱化痰や利水を行うなど方剤選択に注意する。
  • 妊婦・授乳婦・高齢者などでは薬剤の安全性と消化吸収能を考慮して用量・方剤を調整する。
  • 長期間続く動悸や失神、胸痛、著しい労作耐性の低下がある場合は直ちに専門医療機関へ紹介する。

まとめ

安神定悸法は、心を養い、攪乱因子を除き、心腎の交会を整えることで動悸・不安・不眠などの心悸症状を鎮める治法である。
治療は「補(養血・補気・温陽)・瀉(清熱・化痰)・調(心腎交通)」を組み合わせ、帰脾湯酸棗仁湯・天王補心丹などを証に応じて選用する。
器質的心疾患の除外と適切な弁証による方剤選択が安全で有効な治療の要である。

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