精神過労(せいしんかろう) とは、思慮・憂慮・緊張・不安・怒り・悲しみなど、精神活動の過度な持続によって気血を消耗し、臓腑機能、特に心・脾・肝の働きを損なう病理状態を指します。
中医学では「思は脾を傷り」「憂は肺を傷り」「怒は肝を傷る」とされ、過度な精神的活動は気血の運行を阻滞させ、最終的には「心脾両虚」「肝気鬱結」「気血両虚」などの証を形成します。
原因
- 思慮過度: 勉学・仕事などで思考を使いすぎると、脾の運化機能が損なわれ、気血の生化が不足する。
- 憂慮・不安: 長期の心配や緊張により気が滞り、気機の昇降が失調する。
- 情志内傷: 怒りや悲しみの抑圧により肝気が鬱結し、気血の流れが阻まれる。
- 過度の集中・緊張: 神を使いすぎることで心神が疲弊し、不眠・健忘・心悸などを生じる。
- 久病労倦: 長期の精神労働やストレスにより、気血が虚して臓腑機能が低下する。
主な症状
- 倦怠感・無気力・集中力の低下
- 思考力の減退・健忘・注意散漫
- 胸悶・ため息・抑うつ感
- 食欲不振・胃脘のつかえ・便溏
- 不眠・夢多・心悸・不安感
- 女性では月経不順や経量減少を伴うこともある
舌・脈の所見
- 舌: 淡紅または淡、苔薄白、時に歯痕あり
- 脈: 細弱または弦細
病理機転
- 精神活動の過度によって、心神・脾気・肝気が損なわれる。
- 脾気虚により気血の生化が不足し、心神を養えなくなる。
- 肝気鬱結により気血運行が阻滞し、精神の伸びやかさを失う。
- 長期化すると「気血両虚」「心脾両虚」「肝鬱血虚」に転化する。
代表的な方剤
- 帰脾湯(きひとう): 思慮過度による心脾両虚・不眠・健忘・食欲不振に。
- 加味逍遥散(かみしょうようさん): 肝気鬱結を主とし、抑うつ・情緒不安に。
- 柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう): 精神緊張・不安・不眠・神経過敏に適す。
- 酸棗仁湯(さんそうにんとう): 心神不安による不眠・多夢に用いる。
- 天王補心丹(てんのうほしんたん): 心陰不足・精神疲労・虚煩不眠に適する。
治法
- 健脾益気: 脾を補って気血を生化し、思慮による損傷を回復する。
- 養心安神: 心神を滋養し、精神安定を図る。
- 疏肝解鬱: 肝気の滞りを除き、気血の運行を円滑にする。
- 調和気血: 長期の過労により気血が不足した場合に用いる。
養生の考え方
- 十分な睡眠と休養をとり、過度な思考や作業を避ける。
- 労働と休息のバランスをとり、生活リズムを整える。
- 精神を緩める時間を持ち、リラックスを心がける。
- 温かく栄養のある飲食を心がけ、脾を養う。
- 軽い運動・気功・瞑想などで気血を巡らせる。
まとめ
精神過労とは、過度の思慮や精神的緊張により、心・脾・肝を中心とする気血の運行と生化が失調する病態です。
治療・養生の基本は「健脾益気」「養心安神」「疏肝解鬱」であり、精神の調和と気血の充実をはかることが要点となります。
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