概要
補下(ほげ)とは、虚証によって大便が通じにくくなった場合に、補益の薬を用いて腸の伝導機能を回復させる治法である。 「虚秘(きょひ)」とも呼ばれる便秘に対応し、体力低下・血虚・気虚・陰虚・陽虚など、 生理的推動力の不足が原因で起こる排便困難に対して用いられる。 単に下す(瀉下)ことを目的とせず、腸を潤し・気血を養い・陽気を温めて通便を促すのが特徴である。
主に老人性便秘・産後便秘・慢性虚弱者の便秘などに応用され、 「補して下す」穏やかな方法として臨床的に重要である。
主な適応症状
- 便秘(硬くないが排便しにくい)
- 排便後の疲労感・気力の低下
- 顔色淡白・倦怠・息切れ
- 手足の冷え・腹部軟弱・腹満感軽度
- 乾燥傾向(皮膚・口・唇)
- 舌淡・苔薄・脈細弱または沈遅
これらは、気血陰陽の不足により、腸の伝導力が低下し、便の排出が困難となった状態を反映している。
主な病機
したがって補下法は、腸を直接刺激するのではなく、体の虚を補って自然な通便力を回復させることを目的とする。
主な配合法
- 補下+補気:気虚便秘・排便力低下(例:黄耆湯、補中益気湯合麻子仁丸)。
- 補下+養血:血虚便秘・産後や高齢者の乾燥便秘(例:当帰養血湯、四物湯合麻子仁丸)。
- 補下+潤燥:陰虚・津液不足の便秘(例:増液承気湯、潤腸湯)。
- 補下+温陽:陽虚による腸寒便秘(例:温脾湯、済川煎)。
- 補下+行気:虚に気滞を伴う便秘(例:香蘇散合潤腸湯)。
代表的な方剤
- 麻子仁丸(ましにんがん):腸燥便秘・虚弱体質。潤腸瀉下・補益気血。
- 潤腸湯(じゅんちょうとう):血虚・津枯による便秘。養血潤燥・通便。
- 済川煎(さいせんせん):腎陽虚・老年性便秘。温腎益精・潤腸通便。
- 黄耆湯(おうぎとう):気虚による便秘・疲労。補気健脾・推便助行。
- 当帰養血湯(とうきようけつとう):血虚・皮膚乾燥・便秘。養血潤燥・調和営衛。
臨床でのポイント
- 補下は、体力の衰えた便秘(虚秘)に対して用いる穏やかな通便法である。
- 排便力が弱く、便が硬くないのに出にくい場合が目標。
- 体質に応じて、気・血・陰・陽のどの虚が主因かを弁別することが重要。
- 老人・産後・慢性疾患後の便秘など、虚証性慢性便秘に適す。
- 攻下薬のように急激な下痢を起こさず、自然な排便を回復する。
- 長期的な補益を前提に、腸内潤滑・蠕動改善を目指す。
まとめ
補下は、虚証による便秘に対し、気血陰陽を補いながら自然な通便を促す治法である。 「瀉下」が実証・熱証に用いられるのに対し、補下は虚・寒・燥による便秘に用いる。 代表方剤には麻子仁丸・潤腸湯・済川煎・黄耆湯・当帰養血湯などがあり、 体質や病機に応じて補気・養血・潤燥・温陽などを組み合わせることで、 虚弱体質や慢性便秘に対して安全で持続的な効果を発揮する。
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