通乳下乳とは

概念

通乳下乳(つうにゅうげにゅう)とは、乳房の乳汁の通路を開き、乳汁の生成・分泌を促進して授乳を円滑にする治法である。
東洋医学では乳汁は主に血(および気)から化生すると考えられ、産後の気血不足・気滞・痰湿・瘀血などにより乳汁の流れが阻害されると、乳房の張り・疼痛・乳汁欠乏・乳汁通らずの症状が生じる。
通乳下乳法は、補益で乳を生じさせ、行気通絡で乳管の停滞を除き、必要に応じて化痰・活血で通暢を図ることを目的とする。


所属

主に補益法(補気養血)通絡理気法、場合によっては化痰活血法に属する。
産後ケア・乳房うっ滞・授乳困難に対する漢方・鍼灸・外治の総合療法として用いられる。


効能

  • 乳汁の生成を促進する(補気養血)。
  • 乳管の通りをよくして乳房のうっ滞・張りを改善する(行気・通絡)。
  • 痰湿・瘀血などの停滞を除き、疼痛や硬結を緩和する(化痰・活血)。
  • 精神的ストレスや情志不調による乳汁分泌不良を改善する(疏肝理気)。
  • 母乳の質を整え、授乳を助ける。

主治

  • 乳汁不足(産後の気血虚):産後の出血や疲労で乳が少ない、授乳困難。
  • 乳房うっ滞・乳房張痛:乳房が腫脹し張るが乳が出にくい、圧痛や硬結を伴う。
  • 気滞型の乳痛:情緒不安やストレスで乳房にしこりや張りを感じる。
  • 痰湿・瘀血による乳腺の結節:局所の重だるさ、硬いしこり、時に皮膚の発赤を伴う。
  • 授乳困難に伴う母乳分泌低下:乳房の排出が不十分で供給が足りない。

病機

乳は血より生じ、気はその運行を主る。
産後の損耗や過労・出血・不摂生で気血が不足すると乳が生じにくくなる(気血両虚)。一方、情志失調や冷刺激・飲食不節により肝気鬱結や痰湿が生じると乳管が閉塞して乳汁の流出が阻まれる(気滞痰湿)。また、出産外傷や遷延炎症により瘀血が局所に停滞するとしこり・硬結を形成し、通乳を妨げる(瘀血)。
通乳下乳法は、これらの病機に応じて補益養血益気)・疏肝理気・化痰利湿・活血化瘀・通絡下乳を組み合わせる。


代表方剤・外治

  • 補気養血方:八珍湯・当帰補血湯・十全大補湯など(産後の気血虚による乳汁不足)。
  • 行気通乳方:柴胡疎肝湯・逍遙散(肝気鬱結による乳汁不通や乳房の張り)。
  • 化痰利湿・活血方:加味二陳湯や瘀血型には活血化瘀を配合した処方(局所の硬結・しこりに応用)。
  • 局所外用・按摩:温罨法・乳房マッサージ(乳頭から外へ向かって優しく絞る)、乳腺通を促す外用薬(漢方軟膏等)。
  • 鍼灸・推拿:足三里・合谷・期門・乳根などへの鍼灸・経絡調整で通乳を助ける。

臨床応用

  • 産褥期の母乳分泌不足に対する補助療法。
  • 授乳初期の乳房うっ滞(張り・しこり・痛み)の改善。
  • 乳汁が詰まって乳房が硬くなった場合の通乳促進(早期介入に有効)。
  • 情緒的要因(ストレス・抑うつ)に伴う授乳障害の改善。
  • 乳腺炎・化膿性病変がない場合の保存的治療の一部としての利用(抗生剤等の必要な感染時は別途対応)。

使用上の注意

  • 急性化膿性乳腺炎(発熱・局所の強い発赤・硬結の急速進行・膿汁)や乳房膿瘍が疑われる場合は、速やかに西洋医学的受診(抗生剤・切開排膿等)を優先する。
  • 局所に明確な膿瘍や高熱・全身症状がある場合は漢方単独での対応は不適切である。
  • 方剤選択は証に応じて行う。産後の補益は脾胃の消化吸収能を考慮し、過補は避ける。
  • 乳汁促進薬や外用薬は乳児への影響(授乳による移行)を考慮して使用する。
  • 授乳指導(正しい授乳姿勢・頻回授乳・搾乳・マッサージ)を併用することが重要である。

まとめ

通乳下乳法は、産後の気血不足・気滞・痰湿・瘀血による乳汁の不足や乳房うっ滞を総合的に改善し、乳汁の分泌と排出を促す治法である。
治療は補益養血益気疏肝理気・化痰利湿・活血通絡・局所の物理的ケア(マッサージ・温罨など)を組み合わせて行う。
急性炎症や膿瘍を疑う場合は速やかに医療機関受診を勧めるなど、西洋医学との連携を重視することが安全である。

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