和胃止嘔とは

概念

和胃止嘔(わいしとう)とは、胃の不和(寒熱錯雑・気機逆乱・胃陰不足など)を調えて胃気の秩序を回復し、嘔吐・呑酸・悪心を止める治法である。 胃は受納の臓であり、胃気の升降が安定していることで消化・降逆が正常に行われる。 しかし寒邪・熱邪・食積・痰飲・肝気犯胃などにより胃気が上逆すると、嘔吐・呑酸・噯気・胸膈不快が生じる。 和胃止嘔法は、胃気を降ろしつつ胃の機能を和らげ整えることを基本とする。



所属

降逆法および和胃法の併用。 病因により温中降逆・清熱降逆・化痰降逆・理気和胃などの方針を組み合わせて用いる。



効能

  • 降逆止嘔逆上した胃気を降ろして嘔吐を止める。
  • 和胃健脾:胃の受納・運化を回復し、消化機能を整える。
  • 化痰降逆:痰飲や胃内の痰濁を除き、嘔気を改善する。
  • 理気止嘔:気機の停滞を疏通して噯気・嘔吐を軽減する。


主治

  • 胃気上逆による嘔吐・嘔気・呑酸。
  • 食滞・胃内停滞による吐逆・食後の膨満・げっぷ。
  • 寒邪犯胃による嘔吐:冷えで悪化し、温めると軽快する嘔吐。
  • 痰飲・湿邪による嘔吐・胃内不快感。
  • 肝気犯胃による吐逆・嗜嘔・胸脇苦満
  • 妊娠悪阻(軽〜中等度)や手術後・化学療法後の嘔気(証に応じて慎重適応)。


病機

嘔吐は胃の「降」に失調がある証で、原因は多岐にわたる。
寒邪犯胃では胃の陽気が虚して降逆を起こすため温中降逆を要する。
食積・食滞では停滞物を消導して降逆を回復する。
痰飲・湿阻では化痰利湿して胃内の濁を除く。
肝気犯胃では疏肝理気して胃気の昇降を調える。 したがって治法は、弁証に応じて降逆を主とし、同時に和胃(健脾・化湿・清熱等)を兼ねることである。



代表的な方剤

  • 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう):寒熱錯雑で胃気上逆・嘔吐・呑酸・胸脘痞えに適す。
  • 旋覆代赭石湯(せんぷくだいしゃせきとう):胃気逆上・嘔吐・心下痞硬に用いる。
  • 呉茱萸湯(ごしゅゆとう):冷えによる嘔吐・頭痛・四肢の冷えを伴う場合に温中降逆する。
  • 小建中湯(しょうけんちゅうとう):虚寒で腹部痙攣性疼痛と嘔吐を伴うものに。
  • 平胃散(へいいさん):脾胃湿熱や食積に伴う胸脘膨満・噯気・嘔吐の軽減に用いる。
  • 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):梅核気や痰湿による咽中つかえ感からくる嘔気に有効。


臨床でのポイント

  • まず嘔吐の原因(寒・熱・痰・食積・肝犯など)を弁別することが重要。
  • 寒証では温中散寒(呉茱萸・乾姜等)、熱証では清熱和胃(黄連・竹葉等)を配合する。
  • 痰湿や食積が主体ならば化痰導滞・消食薬(半夏・厚朴・山楂・神麹等)を用いる。
  • 妊婦・高齢者・術後の嘔気では用量・薬味選定を慎重にし、補助的保存療法と併用する。
  • 持続する嘔吐や脱水・電解質異常が疑われる場合は速やかに西洋医学的評価を行う。


使用上の注意

  • 嘔吐が激しく脱水・電解質異常を伴う場合は、まず救急的処置を優先する。
  • 実熱が強く、腸閉塞や劇症性腹症が疑われる場合は漢方単独に頼らず速やかに精査を行う。
  • 妊娠悪阻や化学療法による嘔気など特殊な状況では、専門医と相談の上で使用する。
  • 温補薬や緩下薬の過用は逆に症状を悪化させることがあるため注意する。


まとめ

和胃止嘔法は、胃気の降上を正し、脾胃の運化を整えて嘔吐・嘔気・呑酸・噯気などを止める治法である。 原因に応じて温中降逆・清熱降逆・化痰導滞・疏肝理気などを組み合わせ、代表方剤は半夏瀉心湯呉茱萸湯・旋覆代赭石湯・半夏厚朴湯等である。 臨床では弁証の正確さと、重症例では速やかな西洋医学的対応との併用が重要である。

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