概要
補虚(ほきょ)とは、人体の虚損(気・血・陰・陽の不足)を補い、正気を回復させる治法である。 「虚」とは、身体の生理的機能や物質の不足を意味し、生命活動の衰え・臓腑機能の減退・慢性疾患・体力低下などに表れる。 補虚法は、虚証の根本的な改善を目的とし、東洋医学の根幹をなす基本治法のひとつである。
虚の内容により、補気・補血・補陰・補陽の4法に分けられる。また、虚と実が併存する場合には、 他の治法(例えば「補気+清熱」「補血+化瘀」「補陽+利水」など)を併用して用いる。
主な適応症状
- 倦怠感・息切れ・自汗・食欲不振(気虚)
- 顔色萎黄・唇色淡白・めまい・月経量少(血虚)
- 口渇・ほてり・盗汗・痩せ・舌紅少苔(陰虚)
- 手足の冷え・下痢・浮腫・無気力・舌淡胖(陽虚)
- 慢性疾患・老化・術後・出産後・長期消耗後などの体力低下
これらはいずれも正気(身体を支える力)の不足が原因で生じる。
主な病機
- 気虚:気の生成不足または損耗により、臓腑機能低下。
- 血虚:血の生成不足により、栄養・潤いの欠乏。
- 陰虚:津液や精血の不足により、熱象・乾燥・虚火が現れる。
- 陽虚:陽気の不足により、寒冷・代謝低下・機能不振。
補虚法ではこれらを弁別し、虚の性質と所属臓腑を明確にして補うことが重要である。
補虚の四法
- 補気法:気を補い、臓腑機能を高める(例:四君子湯、補中益気湯)。
- 補血法:血を養い、栄養・潤いを回復(例:四物湯、帰脾湯)。
- 補陰法:陰液を養い、虚熱・乾燥を鎮める(例:六味地黄丸、滋陰降火湯)。
- 補陽法:陽気を温補し、代謝・温煦機能を回復(例:八味地黄丸、右帰丸、真武湯)。
必要に応じて「益気養血」「滋陰補陽」「健脾益腎」など、複合的な補法を用いる。
主な配合法
- 補気+昇陽:気虚下陥(例:補中益気湯)。
- 補気+健脾:脾気虚による疲労・消化不良(例:六君子湯)。
- 補血+理気:気滞を伴う血虚(例:逍遥散)。
- 補陰+清熱:陰虚火旺(例:滋陰降火湯)。
- 補陽+利水:陽虚水滞(例:真武湯、苓桂朮甘湯)。
- 補腎+固精:腎虚による精関障害(例:六味地黄丸、右帰丸)。
代表的な方剤
- 四君子湯(しくんしとう):脾胃気虚。補気健脾。
- 補中益気湯(ほちゅうえっきとう):気虚下陥。補気昇陽・健脾益胃。
- 四物湯(しもつとう):血虚。補血調経。
- 帰脾湯(きひとう):気血両虚・心脾両虚。益気補血・安神。
- 六味地黄丸(ろくみじおうがん):腎陰虚。滋陰補腎。
- 八味地黄丸(はちみじおうがん):腎陽虚。補腎助陽。
- 右帰丸(うきがん):真陽虚。温補腎陽・固精填髄。
- 真武湯(しんぶとう):腎陽虚・水滞。温陽利水。
臨床でのポイント
- 補虚は虚証治療の根幹であり、体質改善・慢性疾患・老化対策に重要。
- 虚の種類(気・血・陰・陽)を明確に区別し、適切な補法を選択する。
- 急性期よりも慢性期、または回復期に用いることが多い。
- 虚が重く長期の場合、まず脾胃を整えて補薬の吸収を助ける。
- 虚に実邪が伴うときは、補だけでなく瀉を併用する(補瀉併用)。
- 補剤は甘温であることが多く、湿滞を生じやすいため、脾虚湿盛には注意。
まとめ
補虚は、気・血・陰・陽の不足を補い、正気を回復させる基本治法である。 主に慢性疲労・老化・虚弱体質・術後・出産後などに応用される。 代表方剤には、四君子湯・補中益気湯・四物湯・六味地黄丸・八味地黄丸・右帰丸などがある。 虚の性質を見極めて、気血陰陽のバランスを整えることが臨床上の要点である。
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